いい旅行った気分!明智光秀さん食べたやろか!「栗きんつば」

明智光秀さんが「本能寺」に向けて出発したのが、

京都の亀岡です。

ここの名物の「栗きんつば」を買ってきてくれたんが、

このブログを書いたきっかけです。(感謝します!)

日本の歴史上の大事件「本能寺の変」。

光秀さんにどのような経緯(いきさつ)があったのか。

どのような心境(しんきょう)だったのか。

そして、「栗きんつば」を食べるシーンがあるのか?

来年の「NHK大河ドラマ」が楽しみです。

これでは「美味しいもの見っけ!」になちゃいそう!

京都亀岡の老舗旅館「松園荘」では、

お部屋の「お茶菓子」に出してくれるほど美味な、

「栗きんつば」なんです。(マジッおいしい!)

明智光秀さんは、織田信長さんの命で各地を平定。

そして、西日本へ取っ掛かりの丹波も平定しました。

今の京都亀岡市に「丹波亀山城」を築城したんです。

「丹波亀山城」には「有名な穴太衆」が造った石垣が残ってます。

(石垣は穴太衆!と言うほど全国で有名なんですよ!)

都(みやこ)から離れた亀岡に「亀山城」を築城し、

城下町として整備して、

山陰道の安全な宿場町として造り直しました。

光秀さんは己の軍の秩序・規律を厳しくし、

治水工事により農業を安定させ、

領民の税負担は軽くして、

領地領民を豊かにと考えていました。

(人々からすごく慕われていたンですよ!)

今も亀岡では「亀岡光秀まつり」(5月連休中)や

光秀さんの家紋「水色桔梗」の桔梗を

町いっぱいに咲かせます(6月から8月)

「ききょうの里」と呼ばれているンです。

(ゆっくりのんびりと行ってみたいですね~)

家紋です。いろいろあるね。

なかた家は「合わせ柏」です。

「柏の葉」は、供物を乗せる「お皿」なんですね。

それを二枚合わせて、まるで両手を合わせて

神様仏様にお祈りする。そんな「家紋」なんです。

NHK大河ドラマにも出てくると思うけど、

城下町の外にもドラマの舞台があります。

<谷性寺(こくしょうじ)>町の西にあり

別名:光秀寺と呼ばれ、ご本尊の不動明王を

光秀さんは崇敬(すうけい)していました。

本能寺に向かう途中で、

「一殺多生の剣を授けたまえ」と祈願。

(光秀さんの懇願やね・・・TVで見たい!)

ちなみに、ここに光秀さんの首塚もあります。

(享年55歳、亀岡が安住の地なんやね。)

<明智越>町の北東にあり

ここは京都と亀岡を結ぶ山道のルートです。

ここを通って兵15000人が

「本能寺」に攻め込んだんですよ。

(きっとドラマで出るよね!)

<明智戻り岩>町の南西にあり

光秀さんが羽柴秀吉さんの援軍として

中国地方へ向かう途中、この大岩のところで

本能寺の方に折り返したとされています。

(ここも絶対にいい場面やね。ドラマ楽しみ!)

 

令和二年NHKドラマ「麒麟がくる」。

待ち遠しいなあ~。

亀岡市の観光資料を見せてもらったり、

光秀さんの生涯・人柄みたいなもの知ったら、

ワクワクする。はよ見たい!

「栗きんつば」が美味しかったんで

しゃべり過ぎました。(ゴメンね!)

亀岡市の資料を参考(地図掲載)にさせてもらってます。

ありがとうございます。

ブログをご覧くださいましてありがとうございます。

***あなたさまにもっと輝く笑顔と元気でいてほしい!***

 

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